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2019.07.27
多因子疾患としての肥満:環境要因における交絡因子
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目次
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- 「過食するから肥満になる」は単純すぎる
- 環境的・行動的要因の特定は可能か?
- 腸内飢餓は「交絡因子」と言える
<まとめ>
1.「過食するから肥満になる」は単純すぎる
アメリカで2012年に1143人の成人を対象に実施したオンライン調査 (ロイターと市場調査会社イプソスが実施)では、米国の成人の61%が「食事と運動に関する個人の選択」が肥満の蔓延の原因であると考えていることがわかった[1,2]。 肥満になる人は「意思が弱く、食べ過ぎて運動不足だ」と多くのアメリカ人は未だに信じているということである[2]。
日本でも同様に、ニュース番組のアナウンサーや専門家でさえ、「食べ過ぎて、運動しなければ太るのは当たり前ですが・・・」というような発言を繰り返していることから、多くの日本人もそのように信じている可能性が高い。
しかし、科学的研究は「個人の選択」が肥満のあらゆるケースの原因ではないことを示唆している[2]。
養子縁組研究、家族研究、双子研究などに基づく古典的な遺伝学研究によると、BMIの分散(遺伝率の推定値)の約50~70%は遺伝によるものであると言われている(その推定値は、研究デザインや評価方法で異なる)[3]。
(注:私は「子供が、別の家庭環境で育てられることは、必ずしも体重の設定値を変化させる環境変化ではない」ことを、以下の記事で説明しています。)
【関連記事】
親子の体型が似るのは遺伝か、生活環境か?
現代でも肥満の遺伝率は40~70%と推定されている[4]。
一部の研究者は指摘する;多くの異なる遺伝子が、食物の選択、食物摂取、吸収、代謝、身体活動を含むエネルギー消費に関与していることが判明しており、さらに遺伝子同士または遺伝子と環境の相互作用も考慮すると、体重調整の根底にあるメカニズムの複雑さはさらに増すのだと[3]。
1998年に出版された米国国立衛生研究所(NIH)の報告書 において、当時の専門家たちは、「肥満は遺伝子型と環境との相互作用から発症する、複雑で多数の因子が関与する慢性疾患である」と説明した。(ゲーリ・トーベス. 2013.「人はなぜ太るのか」.Page 87)
2012 年、米国臨床内分泌学会(AACE) も肥満を慢性疾患として指定した。
まず、他の慢性疾患と同様に、肥満の病態生理は複雑で、遺伝子、生物学的要因、環境、行動が相互に作用していること、次に、肥満は疾患を構成する米国医師会が定める3つの基準を満たしていること、が指定の根拠とされている。
いう[5]。
2.環境的・行動的要因の特定は可能か?
人類全体としての遺伝子が50年、100年という短いスパンに大きく変化することはおそらくないであろう、ということを前提にすると、1970年以降の肥満の世界的な増加傾向は環境的、行動的要因に帰するところが大きいと私は思っています。それについて、もう少し詳しく見ていきたいと思います。
私のブログとも関連する興味深い記述があったので引用します。
(「The Obesity Code」より引用)
体重が増える原因は何だろう?
これまで実に様々な説が提唱されてきた。
カロリー / 褒美としての食 / 糖分 / 精製された炭水化物 / 睡眠不足 / 小麦 / ストレス / 食物繊維不足 / 脂肪分 / 遺伝的性質/ 赤身肉/ 貧困 / 裕福さ / 乳製品 / 腸内細菌 / スナック / 子供の頃の肥満
こうした様々な説が飛び交い、あたかもが互いに両立することなく、肥満の真の原因はたった一つであるかのように争っている。
例えば、最近、巷をにぎわせている「低カロリーダイエット」と「糖質制限ダイエット」をめぐる論争では、どちらかが正しければ、もう一方は間違っているだろうと考えられている。肥満に関する調査のほとんどは、こうした考えに基づいている。
だが、この考え方は間違っている。なぜなら、どの説もいくらかの真実味を含んでいるからだ。(~略~)
(ジェイソン・ファン. 2019.「The Obesity Code 」. Pages 130-131)
おさらいだが、肥満は 「多因子的な疾患」 である、ということを理解しないことが、決定的な間違いである。肥満の原因はただひとつではない。
私たちに必要なのは、様々な因子がどのように絡み合っているのかを理解するための枠組みであり、仕組みであり、筋の通った理論である。現在の肥満理論では、「真の原因は ただひとつで、そのほかのものは偽りの原因である」とされることがほとんどだ。結果として、議論が果てしなく続く。
「カロリーを摂り過ぎると肥満になる」
「いや、炭水化物を摂り過ぎるから肥満になるのだ」
「いやいや、原因は飽和脂肪酸の摂り過ぎだ」
「 赤肉の食べ過ぎだろう」
「いいや、加工食品の食べ過ぎだ」
「いや、小麦の摂り過ぎだ」
「いやいや、糖分の摂り過ぎだ」
「いや、外食がいけないんじゃないか」
・・・こうして、議論は尽きない。どの主張も、部分的には正しいのだから。
それぞれのダイエット(例えば、カロリー制限、低脂質、パレオ、ビーガン)は、別々の側面から肥満の解消に取り組んでいるだけで、どのダイエットにも効果はある。だが、どれも「肥満全体」に対する対処法ではないために長くは効果が続かないことに注意しよう。肥満が ”多因子性” のものであることを理解しないままでは、互いに非難しているだけで終わってしまう。(引用以上)
(「The Obesity Code 」. Pages 360-361.)
肥満の多因子性についての著者の指摘は鋭いと思う。「過食するから太る」というような単純なものではなく、肥満はいろんな要因が複雑に絡み合って起こるということを、私達はまず理解しないといけないのである。
しかし私が言いたいのは、私の腸内飢餓の理論を元にすると、複雑な環境的・行動的要因はある程度集約できると思っています。
どういう事かと言うと、私達が目にする、肥満原因としてしばしば非難される要因は複雑に絡み合っていて説明がつかないこともありますが、目に見えない「腸」の部分にフォーカスすると、かなりクリアになるということです。
3.腸内飢餓は「交絡因子」と言える
まずおさらいですが、”太る”という言葉に2つの意味があるということを理解して下さい。多くの人が言う、「多く食べて太る」というのは、下図の(A)の部分です。
また、これまでの肥満に関する介入研究のほとんどは、摂取カロリーを減らすか、糖質・脂質の摂取量を調整したり、又は運動を増やしたりする比較研究だと思うのですが、彼らがやっている実験は、同じく(A)の部分です。
もちろん個人差はあれ、摂取カロリーを減らし、運動を取り入れれば、誰でもいくらかは痩せるであろう。
しかし、それは著者が言われるように、肥満に対する根本的な対処法ではないためにリバウンドはつきものという訳です。
▽それに対し(B)の設定体重がアップする時(腸の飢餓のメカニズム)に、いろんな要因がかかわってきます。
例えば、朝食抜き/ 遅い夕食/ 食事回数/ 精製された炭水化物/ 加工食品/ 食物繊維の摂取不足/ バランスの悪い食事、などは肥満の一因と言われますが、それは図の(B)の部分に関連することです。
ここで大切な事は、上記の因子1つ1つは肥満とは関連しているように見えても、両者の間に直接的に肥満を引き起こす『因果関係』がある訳ではありません。むしろ、これらは腸内飢餓に影響を与える因子であり、肥満と因果関係があるのは腸内飢餓であると考えます(この場合、腸内飢餓が「交絡因子」と言えるかもしれない)。
これらいくつかの条件が組み合わさって腸内飢餓が起こるのであり、目では見えない7~8メートルもあると言われる腸全体(又は小腸)の部分においては、かなりの割合で、ピンポイントで決まると言えます。
【関連記事】→ 腸内飢餓をつくる(3要素+1)
まとめ
(1)肥満がどのように、そしてなぜ起きるかについての私たちの理解は未だに完全ではない。肥満は、他の慢性疾患同様、その病態生理は複雑であり、遺伝子、生物学的要因、環境、行動の相互作用が関係している、という考え方が社会で受け入れられつつある。
(2)太る原因だとしばしば非難される多くの要因(例えば、精製炭水化物、加工食品、脂質、朝食抜きなど)は、別々の側面から議論されているだけである。研究者は自分の研究分野(例えば、レジスタントスターチ、朝食を食べることの価値、糖質制限の効果、ホルモン、腸内細菌など)には精通しているかも知れないが、それは必ずしも肥満全体をとらえていないので、一つ一つの理論が一人歩きしてしまうことがある。
今私達に必要なのは、一つ一つの理論がどの様に絡み合うのかという枠組み(フレーム)であり、その点から、私の理論は役に立てると考えている。
(3)肥満の根本原因は、「設定体重」の部分が高くなっていることであり、それは腸内飢餓によって引き起こされると考えています。
腸内飢餓は「私達が食べる物」や食習慣(朝食抜き、遅い夕食、食事回数など)と密接に関係し、体重増加(結果)にも直接的に影響するため「交絡因子」と言える。
つまり、私達の見ることのできない腸の内部の動きに焦点をしぼると、体重増加の原因はより明確になると私は考えています。
<参考文献>
[1]Begley S. America's hatred of fat hurts obesity fight. Reuters. May 11, 2012.
[2]Jou C. 「肥満の生物学と遺伝学 — 1世紀にわたる研究」. N Engl J Med. 2014 May 15;370(20):1874-7.
[3]Speakman JR, Levitsky DA, Allison DB, et al. 「セットポイント、安定点、およびいくつかの代替モデル」. Dis Model Mech. 2011 Nov;4(6):733-45.
[4]McPherson R. 「肥満の遺伝的要因」. Can J Cardiol. 2007 Aug;23 Suppl A(Suppl A):23A-27A.
[5]Garvey WT. Is 「肥満や脂肪に蓄積による慢性疾患は治療可能か?;セットポイント理論、環境、医薬品」. Endocr Pract. 2022 Feb;28(2):214-222.